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2008年07月08日
足の爪
数か月前に、ちょっと痛いかな~と思う靴を我慢して履いていて、左足の爪が「一本だけペディキュア塗ってるみたいだね~」って笑われるような色になった。
ん~…紫みたいな、黒みたいな?
実は右足も、ぶつけて内出血していたので、両足の親指だけ変な色の足だった。
えぇ、誰にも見せられないほどに…。
夏が来るからサンダル履くのに、この爪じゃーなー…。
黒くなった爪は内側の内出血に押し上げられて二枚爪になり、結局上の一枚だけ捲れてしまったのでペディキュアも塗れないしなぁ。
でもやっと酷い色の部分が伸びて無くなってきたなぁ…と思っていたのに。
日曜日にやらかした。
オットに「足元段差あるから気をつけろよー」と言われながら…。
ガッ!!ヽ(__ __ヽ)
つ…つま先…しかもサンダル…!!
ぶつけたのは日曜日だったってのに、今でも痛い。
色が変わってないのが不幸中の幸い…?
でも痛い…。
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23:34
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2008年06月07日
初夏の夜の一コマ
先週の出来事。
そろそろ書いてもいいかな。
オットと蛍を探して山の中をウロウロしていた時のこと。
くねくね山道をグルグル走っていたら、ふと下の方の道を結構な速度で上って来る白いスポーツカーが目に入った。
「あんな速度で走ってきたら、絶対センター超えてきて事故りそう…。」
と思ったので、オットに「白い対向車来てるから気を付けてね…。」と一言。
「ん、そっか。分かった。」と言いながら車を走らせるオット。
………
コナ━━━━━━(´Å`;)━━━━━━イ !!!!!
脇道も何も無い山の中のクネクネ細い道なのに、なんで来ないんでしょう?w
「なんだったんだろねー。」
「んー、俺には見えて無かったから何とも言えないねぇ。」
なんて会話をしながら車を走らせていたら…。
( ̄-  ̄ )ンー
むち打ちとはまた違う意味で肩が痛い。
血流が悪くなって痺れたみたいになるのはよくあるんだけど、そうじゃなくてなんかこぅ…。
指でギューって抑えられてるような痛み。
あー、なんかヤバいかなー。さっきのは普通は見えないものかなぁ。
変なの連れてきちゃったかなぁー。
「ねぇ…どこでもいいから、神社に寄ってって。」
オットに頼んでしばらく走ったら、山の中の集落のちょっと高いところに祀られている神社を発見。
「ここなら村の人にも愛されてる神社っぽいから、大丈夫かな。」
ちょっと薄暗くなってたけど、オットについてきてもらってお参り。
お賽銭を入れて二拝二拍手一拝。
頭を下げながら「すいません、なんか連れて来ちゃったっぽいので、お願いします。」
深く深く頭を下げて、「よろしくお願いします」
ちょっぴりスッキリ、ギューっとした痛みも無くなって帰れるようになった。
オットが言うには
「君が頭を下げてる間、頭の上の電灯がチカチカし出したんだよね。
電球切れそうなのかと思ってずっと見てたんだけど、頭上げたら止まって…。
それからはチカチカしなかったよ。連れてってくれたのかなぁ。」
だそうです。
(階段を上って、手を洗って、お参りに向かう間も、帰りに背中を向けてからも、電灯がチカチカする事はありませんでした)
ちょうど道路拡張工事をしてる周辺の現場だったんだけど…。
事故が多いから道を広げようとしたとか、そういう理由でもあるのかな。
今回は人じゃなくて車だけが見えたんだけど、あの車はずっとあそこで何度も事故をしてるのかなぁ。
神社でちゃんと上に行かせてもらえてるといいのだけど。
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21:46
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2008年03月23日
逢いたい人
オットの甥っ子に、中学入学のお祝いを贈ろうと昨日本屋さんで図書カードを購入。
ラッピングはしてもらったけれど、そのまま封筒に入れて送ってしまうのでは味気ないので何か一言…と、便せんやカードをしまってある引き出しを開けてみた。
一言手紙を書くのが好きな私は、季節に応じたレターセットやカードを家に置いてある。
クリスマスの柄、雪の結晶の柄、月、うさぎ、ススキ、季節の花…。
けれど一番種類を多く持っているのは、桜。
夜桜、昼桜、写真を移しこんだ便せん、和紙を漉いた便せん…。
今は亡き「きぃちゃん」が大好きだった花だからだ。
綺麗な桜のレターセットを見ると買ってきて、きぃちゃんに手紙を書いた。
季節の挨拶状を出すために、ポストカードや絵葉書を買った。
時々贈り物をするのに添えるため、カードも買った。
桜の柄で。桜の写真で。
逢いたいな…心から願う。
せめてあと10年、生きていて欲しかった。
色々な話を、もっともっと聞かせてもらいたかった。
面白おかしく、分かりやすく、丁寧なきぃちゃんの話し方が大好きだった。
何年経っても、きっと私は桜の季節になると切なくなるだろう。
桜を見るたびに「きぃちゃんに見せてあげたいなぁ」と思うだろう。
本当のおじいちゃんが生きていたら、こんな風なのかな…と思って見ていた、きぃちゃん。
まだまだ存在は大きくて、今年のお正月はきぃちゃんが大好きだったお店のかまぼこを食べながら、母としんみりと泣いた。
けれど前ほど思い出しては泣く…というほどでは無くなって、思い出しながら笑える事も増えてきた。
見るだけで切なくて、結局そのカードは季節的にはぴったりなのに、使えなかった。
この季節になるとたまらなく逢いたくなる人が、私にはいる…。
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2007年08月12日
出かける前に。
現在進行形でパソコンが絶不調です。
現在も箱を開けた状態で、HDDをケーブル延ばして差し替え差し替え…。
まともに動いたと思ったら、いきなり固まってだめになる…。
ちょっと動き出したと思ったら、どこかのファンがウィンウィン変な音を立ててる…。
その繰り返しの中で、試行錯誤しながらパソコンの設定を変えているところです。
そんな中、何度も書き直しながら、何度もバックアップを紛失しながら書いていた記事を、アップしてから帰省します。
上記のような理由で、今回私の対応が遅れたことで色々と皆さんに不快な思いをさせてしまったこと、申し訳なく思っています。ごめんなさい。
<http://www.aoitori.net/petit/2007/08/277.html>
記事のアップが続いていたのは、携帯から更新できる外部システムを使っているから。
でも、携帯からここを見ることは、今の私の設定では出来ません。
もひとつ、私の携帯は古いので「Webブラウザ」が入ってません。
そろそろ買い換えようとは思っているのだけどね…。
(携帯もメールや電話を受信出来たり、出来なかったりなのです…)
でもね、私の顔も知らない方が、私のために考えたり、怒ったり、悩んだり、心配したりしてくれた事、とても嬉しく思いました。
この場を借りてお礼申し上げます。
「ありがとうございました。」
そしてここで、一人の人を糾弾するような状態になっていたのを放置していた事、申し訳なく思っています。上記事情があったとは言え、辛い思いをさせてしまったのでは無いかと心配しています。
「ごめんなさい。」
ブログの更新を止めたりする必要は、ありません。
ご自分のブログです。パーソナルスペースです。
自分のありのままの姿を書くことを、誰にも止める権利は無いと思うのです。
以前私が「不妊治療の日記だなんて、生理がどーのとか、タイミングがどーのとか、オットの精液検査がとか…書いてて恥ずかしく無いんですか?同じ女性として、読むのも恥ずかしいです。」というメッセージをもらった時に反撃したように、あなたもご自分のスペースに何を書こうがとやかく言われる筋合いは無いと、毅然と戦ってください。
嫌なら、見なければいいのだ!と。
私はここのコメントでよく「すぴかさんはいい人過ぎるんじゃないか」「少しは怒って本音を言えば?」などなどの言葉をいただきますが、実際はそうじゃありません。聖人君子でも無いし菩薩でも無いのだから、怒らないとか、いつも笑ってばかりいる訳ではありません。
ほんとはね…私に会ったことがある人なら知ってますが、喜怒哀楽の滅茶苦茶激しい人間です。
ただ、ここにアップする日記もコメントも、感情の赴くままに書いた後、保存して寝かして後で読み返し、訂正し、そしてまた寝かして…を繰り返してから書き込んでいるので、穏やかに見えるだけなのです。(お弁当日記は携帯からちょちょいとアップする事も多いですが)
今の時期に多い「車内置き去り事故」で小さな子が亡くなるニュースを見れば「事故ちゃうやん、殺人やん。アホな親がアホな事して子供殺してんねんやん!」と熱く怒り、虐待ニュースを見れば「子供産む資格の無い人間が、子作りだけやった結果やんか!」と怒り。(えぇ、怒ってるとかなり口が悪いです…。オットに「もしかして元ヤン?」って聞かれるほど…)
そして亡くなった子供のことを思うと「なんでそんなところを選んで生まれちゃったの。うちにくれば命に代えても守ってあげるのに。」と悲しむ人間です。
何度か書いたことがありますが、「不妊」という「出口のないトンネルに入る」と言われる治療に入る際、オットと約束したことがあります。
「どんなに辛い結果が出たとしても、『それが自分だ』とありのままに受け入れられるならいいよ。
それで心のバランスを失うことなくいられるなら、治療は続けよう。
でも、君の涙が増えるようなら、俺は治療に協力できないよ。」
「こんなに頑張ってるんだから、きっと赤ちゃんはうちに来てくれる…と思えるうちは続けよう。
こんなに頑張ってるのに、どうしてうちには来てくれないの?と恨めしく思うようになったら、治療は止めよう。
僻んだり、妬んだり、恨んだり、羨んだり、卑下したり、投げ槍になってるところに、赤ちゃんは来てくれないよ。」
だからオットは私にいつも「笑って」と言います。
涙をぽろぽろ流していても、目に涙がいっぱい溜まってても「笑って」と。
「いつもニコニコ笑っていれば、いつか俺たちの赤ちゃんが、俺たちを見つけて来てくれる。」と。
その言葉を信じて、私は泣きながら笑います。
そして何度でも何度でもクリニックのドアを叩くのです。
治療を始めた当初、よく私は掲示板に「友達や親戚が妊娠したと報告をくれても、羨ましいとか、辛いとか感じることは無い。」と書いていました。
そして今になって、その気持ちを理解出来るようになりました。
羨ましくない訳が無い。辛くならない訳が無い。
当時の私は人を羨ましいと思ったり、結果が出て喜んでいる人を見て「辛い」と思えるほど努力をしていなかっただけです。浅はかで、経験の足りない書き込みだったと反省しています。
けれどその反面、治療の仲間や家族や友達が妊娠したという事を知ると、やっぱり嬉しいのです。
辛くて、嬉しくて、お祝いに行きたくて、会いたくなくて。
「彼女のところには、まだ子供が出来ないから」と内緒にされれば辛い。
でも開けっぴろげに「診察行ってきたでー!今このぐらいの大きさ!」と報告されるのも辛い。
悪阻がしんどいと聞いても「赤ちゃんが元気な証拠やん。」と羨ましい気持ち半分で慰め、そんな自分に落ち込む。でも悪阻が酷すぎて脱水症状を起こし、入院したと聞けば心配で友達のところに駆けつける。
人間だもの、色々な感情が渦巻いて当たり前じゃないかなぁ?
そしてね、一緒に治療してきた仲間の「卒業」を見送るのは、正直「寂しい」です。
嬉しい反面「寂しいなぁ。もう励ましあったりは出来ないんだなぁ。」と。
だってもう、その人とは立場が違うのだもの。
「結果が出た者」と「結果が出ない者」の差。超えられない壁。
もちろん、幸せそうなその文面を読んで「羨ましいなぁ」と思わない訳が無い。
年齢的に考えても「私は卒業出来る日が来るのかな…」と、不安になる。
けれどだからって不幸を祈ったりはしない。
「無事に生まれてきますように。母子共に健康ですくすくお腹の中で育ちますように。」
そう願いながら、卒業後の「妊娠日記」のブログを読みに行くことも多いです。
そりゃ精神的に不安定になっている時は、読むのが辛くなることもあります。
けれどだからって、その事で「こんな日記書きやがって!」とは思いません。
でもね、やっぱり「妊婦としての生活が辛い」という記事やコメントが何度も繰り返し書かれているのを見ると、「だったら代わって欲しいよ。」とも思います。
「そんなに辛ければ治療しなきゃ良かったじゃない。」とか、「妊娠したことを嘆いてるの?」とか…。
そして最後に悲しく思います。「卒業しても、仲間だと思って見に来ている他の治療仲間のことを、この人はもう忘れてしまったんだろうか。」と。
そう思うことを「僻み」だと言われるのであれば、その言葉は甘んじて受け入れます。
同じ目標を持ち、同じ経験をし、同じ事を感じ、励ましあい、教えあい、慰めあいながら一つの事柄に向かって努力をしていく「仲間」の存在って、それがどういう目的であれ大きな絆になると私は思っています。
まして「不妊」という、身近な家族や友人にも相談し辛いような事を、共に教えあい、励まし、愚痴り、時には互いの背中を押し、時には走り出そうとする相手の腕を掴んで引き止める…そんな経験を共にした相手との絆って、本当に強く、大きなものになるんじゃないかと私は思ってるし、だからこそ、とても大切な存在だと思っています。そういう「仲間」と知り合えたこと、私はとても嬉しく思ってるし、卒業してもお互いを励まし合える仲間を持てた事を誇りに思っています。
でも友人関係にも、仲間関係にも「片思い」ってものはあると思っています。
だから、自分が相手を思うのと同じくらい相手が自分を思ってくれなかったからと言って、恨み言を言ってはいけないとも思っています。
自分が相手を思うのと同じように、相手が思ってくれなかったのは、自分が相手にとって「大切な人」になれなかった…というだけのことなのだから。だからこそ、相手が自分を同じように大事に思ってくれた時の喜びは、とてもとても大きいのでしょう。今回、私のことを心配してメールをくれた方、私のために考え、色々とコメントをくれた方、とてもとても感謝しています。ありがとう。本当に嬉しかったよ。
揺さぶられる事無く、穏やかに生きていくことが出来れば、それほど幸せなことは無いかも知れない。
でも、色々な感情を抱えながら、消化しながら過ごしていくことが「生きる」という事なのでしょう。
同じ事柄に対しても「嬉しく」思ったり「辛く」思ったり…その時の精神状態によって、受け取り方も違ってきます。
「辛い」「悲しい」「悔しい」「腹が立つ」…そんな感情が渦巻くときに書いた下書きを、穏やかな時に読み返せば必然的に書き直しも多くなるし、「ムカつく!」と書き殴ったはずの文章も穏やかになって当たり前です。私の文面に騙されないでください(汗)
ここ数日で、ふと考えました。
「推敲に推敲を重ねた文章をアップするよりも、思うが侭に、心のままに書いた日記やコメントレスの方が、私らしいかな?」
だからこれからは、なるべくあまり書き直ししまくった記事を投稿しないようにします。
チクンと心に刺さった棘は、「チクンと刺さったわ」と正直に申告するように。(出来るかな?)
もしかしたらビックリされるようなことも、あるかも知れない。
でも、「それが《すぴか☆彡》という人間だ」と思ってくれれば幸いです。
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2007年07月19日
会いたい。
「会いたい」と思った時、それは「会わなきゃならない時」かも知れないと、ここ数年の私は思う。
去年のGW。
あまり日程に余裕が無かった私たちに、母は「別に無理してきーちゃんに会わなくていいのよ。また7月にも帰ってくるんでしょう?」と言った。けれど私は「ううん、今回の帰省はきーちゃんに会う事も私の目的だったから、会いに行きたい。7月に帰ってきた時も、機会があれば会いたいぐらい!」と母に言い、機会を作ってもらってお食事に一緒に行った。
そして7月14日…オットの夏休みの一週間前に、きーちゃんはこの世を去った。
あの時もし母の言葉に頷いて、会いに行かなかったら…きっと私は今でも後悔し続けていると思う。会いに行かなかった自分に怒り、行かなくていいと言った母を恨み…。
そのどこにもぶつけようのない気持ちを持ったまま、生きていたかもしれない。
今私が「きーちゃんに会いたい」と思う気持ちよりも、もっともっと強くきーちゃんを求めただろう。
義父方の伯父様の体調が良く無いと聞いていたのは、結構前。
「会っておかなければ。」そんな気持ちで昨年7月、大阪の私の実家への帰り道、浜松に寄った。
7月22日。初めてお伺いしたオットが子供の頃を過ごした家で、伯父様はガンの進行によって痩せ細った体を押し、挨拶に出てきてくださった。
それから一年弱。その伯父様が亡くなったと連絡を受けた。明日が通夜。明後日の土曜日は葬儀。
奇しくもオットの夏休み初日。
昨年の夏休み初日に数年ぶりに伯父様に会いに行ったオットは、今年、夏休み初日に伯父様の葬儀に出席する。
「会いたい」と思った時は、会わなきゃならない時。
特に年配の方が相手の場合は、その気持ちが強い。
もうどう頑張ったって会えなくなってからでは、遅いのだから。
皆さんは「会いたい」と思っているのに、なんとなく先延ばしにしている相手がいませんか?
「会いたい」と思える相手がいるという事は…そしてその相手に、自分の努力次第で会えるというのは、とてもとても幸せな事。
これからの夏休み、遊ぶ予定をほんの少し減らして、長い間会っていない誰かに会いに行ってみませんか?
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19:53
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2007年07月15日
大切な日。
昨日はオットと「ボーナス♪何買おう~♪」と浮かれてお出かけしていたのだけど、とても大切な日だったと夕方になって気付き、そこからはちょっぴりしんみりモードだった。
そう…去年の今頃の私は、ずーっと思い出しては泣きっぱなしだった。
20年来、まるで身内のようにお付き合いを続けていたおじいちゃまの「きーちゃん」が亡くなった日。
きーちゃんはとってもお金持ちさんだったので、様々な頂き物が家中に溢れかえり、この20年、私も私の実家も洗濯用の洗剤や食器洗いの洗剤、タオルなどは買った事が一度も無かった。(母に「持って帰りー。わしゃいらんからのー。」って言うから)
色々なところの株主だったので、その優待券をたくさんくれて、たくさんの恩恵にも預かった。(10年ぶりぐらいに、マイミクおーちゃんと再会するきっかけとなった「ディナークルーズ券」をくれたり…ね。)
農地や山を持っているので、お米や野菜、果物などもたくさんいただいたりして、本当に…目に見えない部分に至るまでたくさん助けてもらった。
そして何より、母の心の支えとなってくれ、私の生き方を母に諭してくれた人だった。
前夫と結婚すると決めたとき、7年間反対し続けていた母に
「親の人生のシナリオと、子供の人生のシナリオは違うんやで。
親が幸せと思うシナリオが、子供にとって必ずしも幸せなシナリオや無い。
子供の人生のシナリオは、子供に書かせたらなあかん。
親が勝手に書き換えてええもんとちゃう。」
と、言ってくれた。
母はその言葉を聞いてから、私に見合いを勧めたり、父経由で私に別れるようにプレッシャーをかけたりするのを止め、私と共に父を説得する側に回ってくれた。
母は17歳の頃に父親を亡くしているので、きーちゃんと過ごした20年間は、自分の父親と過ごした年月よりも長い。その分、きーちゃんに学ぶ事も多かったし、引っ込み思案で他人には滅多に心を許さない母が、言いたいことを言い、泣きたい時に泣き、怒りたい時に怒れる唯一の相手だった。
「私は子供の頃から5人姉弟の真ん中で、甘える術を知らなかった。大好きだった父親にさえ、素直に甘えられない事が多かった。きーちゃんは、その私の中にある父親への愛情の穴を、埋めてくれる存在だった。」
母が、きーちゃんが亡くなってから言った言葉だ。
そのきーちゃんを失ってからの母は、痛々しいほどに泣いて暮らし、周りが心配するほど憔悴していた。
…きーちゃんが緊急入院した翌日すぐに、きーちゃん宅に上がり込み、家の金庫を持ち去って中の現金を奪い取った長男とえらい違いだ…。
昨日、一周忌の法事で集まった、母ですら名前も知らないような相手が母に寄ってきて「娘さんのすぴかちゃん、まだ遠い所にお住まいなの?寂しいわね。」とか、「お子さんはもう出来た?」とか言ってきたらしい。
「私は一度も自分の家族の話なんてしなかったのに、いかにきーちゃんがあなたの事を人に話していたか…よね。きーちゃん、すぴかちゃんの事が大好きだったからね。」と母が鼻をぐずぐずさせながら言った。
300枚も400枚も年賀状が届くのに、どんなに後から年賀状が届いても、必ず一番上に私の年賀状を乗せていたという、きーちゃん。
私にとっても、物心ついたころには父方の祖父も亡くなっていたので、「おじいちゃんって、こんな感じなのかな?」と思って見ていた、きーちゃん。
母が風邪を引いたり、怪我をしたりしたら、何も言わない母に代わって必ず報告の電話をくれた、きーちゃん。
大好きな、大好きなきーちゃん。
今でも私の携帯や、家の電話の電話帳にはきーちゃんの番号が入っている。
これからも、きっと消す事は出来ないだろう。
何かあったら、また昔みたいに電話して来て。
お盆に帰ったら、お墓参りに行くからね。
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07:28
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2007年06月25日
ふと・・・
ふとつぶやいて、我ながら切なくなった。
「一年後に寿命が来てもいいから、その間に身ごもって赤ちゃん産んでみたいなぁ。」
・・・・・・
馬鹿だね、私って。
高温期17日目。
体温36.72→36.14に。
このショックには、まだ慣れない。
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19:12
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