2010年01月22日

ic_crown01.gif 脳血管撮影検査

父の脳血管造影の時間は、最初の予定では午前9時半頃を予定していた。
担当Dr.に聞いた予定時間は約4時間。
どんな大変な検査なのか…とオロオロしていた。

その後看護師さんに話しを聞くと予定が10時になり、結局検査は10時半開始となった。


救命救急センターの面会時間は小まめに分けられている。
重症患者が多い為、疲れてしまわないように配慮されているのだそうだ。
朝7時~8時。
昼2時~4時。
夜8時~9時。

半端に早すぎたり遅すぎたりで、父のように寂しがって一日に何度も来て欲しがる患者の家族は体調を崩しやすい。
私が行って数日の間、母は全部の時間帯に開始時間から終了時間まで通い、「自分の事も家の事も何も出来ないしする気になれない…」と疲れ切っていた。

なので4日目位から「明日はお昼でいいよね?」とか、お昼の時間帯に「夜は来なくても大丈夫でしょう?何か用事でもある?」などと私が父に言い、「いや、特に用は無いよ」と言わせて母を連れ帰るようにした。
あのタイミングで私が実家に帰っていなかったら、恐らく母は倒れてしまっていただろう…。


面会時間が7~8時で、検査が10時半だと言うのに父が「付き添って欲しい」と言う。
母も私も「面会に来れないから、付き添うって言われても…」と戸惑っていたのだけど、結果的には「危険を伴う検査だから」という事で家族は待機していなければならないらしく、面会時間開始までいつも待っている「面会待合室」で時間を過ごす事になった。

コンビニでパンを買い、7~8時に面会。
父の病室を出て一度車に戻り、3時間まで駐車料金が無料の駐車場から一度出て車を元の駐車場に戻す。
外来のちょっと広めのソファスペースで母と向かい合って座り、コンビニのパンとジュースで朝食。
10時前になって待合室へ。
10時半頃になって救命センターの中が慌しくなり(すりガラスの二重扉で中が見えない)、40分に父が出てきた。
ベッドごと運ばれて行く父に「頑張ってね!」と声をかけて見送り、後は待つだけ。

看護師さんからの説明では最終的に所要時間は1時間。
Dr.の言う「4時間」は、血液抗凝固剤を使っている父の動脈を通して検査をした後に、血液が止まるまでにかかる所要時間だった…。
しかし1時間経っても父が出てくる気配は無い。
母も私もソワソワ。
待合室を出たり入ったり。
結局検査が終わって戻ってきたのは、2時間後の12時40分過ぎだった。


その後父の状態の説明があったのが午後2時の面会時間開始後。

そして大まかな結果から言えば…。
今回父が倒れた大本の原因は【糖尿病】
正常値4.3~5.8でなければならない数値が、入院時8.4になっていた事。
【優】判定で80~110の数値でなければならない血糖値が288になっていた事を聞かされた。


糖尿病から動脈硬化が始まり、首や肩の血管が詰まって先日の「左腕の壊死直前」の状態に。
左の首から脳に向かう血管は、1/3も通って無くて血流がほぼ見えない状態になっていた。
途中途中に動脈硬化が大量にある為、ステントやバルーンでの手術はほぼ不可能。
逆に脳梗塞を誘発する恐れの方が強いとのこと。

また、大量にある動脈硬化や血栓が出来た事で、脳梗塞が起こった。
今回も新たに脳幹部分に梗塞が出来ており、糖尿から来る視神経への麻痺なのか、脳幹から来る視神経の麻痺なのかは結局のところ判明せず。
とにかくインスリン投与で血糖値をコントロールしつつ、日本で使える抗血液凝固剤3種の全てを活用して血栓が出来ないようにしながら、何とか症状の改善を目指す…という程度にしか、今の父に出来る事は無いとのことだった。

神経麻痺の治療には3ヶ月~6ヶ月は最低限見ておかなければならないとの事。
ゴルフや友達との旅行をドンドン入れて自由気ままにやっていた父には、多くの我慢がのしかかる。
40年来の友人の中には早くからインスリンを打っている人も多く、今までは「俺はまだインスリンを使うほどではない」というのが自分なりの心の拠り所だったのだろう。
でも今、早くにインスリン治療に切り替えた友人達は薬や食事を調整しながら旅行も出来るしゴルフにも行けるけど、父はベッドの上で検査検査の毎日。
これからが勝負。
これからが踏ん張り時。
父がどこまで頑張れるのか、こればかりは父次第…。

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2010年01月22日 18:20 | Category : 日々徒然・・・

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