2009年11月19日

ic_crown01.gif 退院決定と祖母のこと

本来なら昨日から、両親は浜松に旅行に来て楽しい時間を過ごしてる筈だった…。
なんて事を思い出したのも今日夜になってからだった。慌しくて忘れる日々。

土曜日の午前中いっぱいで退院する事に決まった…と父から母の携帯にメール。
主治医より上の担当Dr.が朝の点滴に来た際に、「手術の必要は無いと判断しました」とキッパリ言われたらしい。
父の頭の中は退院してからの事でお花畑になってしまった。


…病院の中では、誰に会っても話しも出来るし元気だ。
看護師さんの名前をメモして、話しかける時は必ず名前を呼ぶようにしている。
ウロウロと散歩もしているようだけど、風邪をひいたら困るので病棟内だけ。
かなり退屈しているのは見て取れる。
でも外に出たらどうなのか…?は未知数。
抗凝固剤を飲み続けるからには、とにかく怪我に気を付けるしか無い。
散歩に行く事、ゴルフ、野球、水泳…やりたい事がてんこ盛りらしい。
散髪だってヒゲを剃ってもらうのも怖い。
その点、父もそれなりに自覚してもらわないとどうしようも無い。
まぁ、2週間も入院したら思いのほか体力が落ちていて、しばらくはおっかなびっくりの生活になるだろう。

父と同じ日に体調を崩していた祖母の下には、母からの連絡で駆けつけた母姉弟の長女が来ていた。
祖母は下血が続いて不安だったらしく、結局胃カメラ検査となって昨日から入院する事に。
とは言え本来胃カメラで入院する人は滅多におらず、祖母が入院したのは「胃カメラ前日に何度かに分けて絶食しながら飲まなければならない薬(?)を、自分で作って飲めないから」だそうだ。

母の姉は二人いるのだけど、長女の伯母は昔からかなり気の利かない人で、一族の中では「まぁ、彼女だしねぇ…」で話しが済まされてしまうことも多い。
母が最初に電話をかけて、父が倒れてしまったので祖母のところに行けない事を告げた時も「私にも予定があるし…」と断りかけた。
が、だからと言って脳梗塞で倒れて入院している父を置いて祖母のところに駆けつけられない母が「みんなそれぞれ予定があるのよ。すぴかちゃんだって静岡から飛んで帰って来てくれてるし、すぴかちゃんの旦那さんだって毎週末来てくれてる。そうやって何かあった時は助け合うのが普通じゃないの?」と珍しく食い下がった事で、渋々関東から神戸までやってきた。

家の中のことなどはあれこれ手伝ってくれたりしていたらしいけど、昨日の入院の際には朝母の弟嫁さんが病院への送り迎えの為に家に行ったら、入院の荷物の準備が何一つ出来ていなかったらしい。
祖母はもちろん自分の小さな身の回りの事はやっていたのだけど、6歳で奉公に出た文盲の人なので病院から渡された「注意書き」が読めない。
そこに書いてあった「検査時に持参するもの」を準備していなかったらしい。
弟嫁さんが大急ぎで準備して連れて行った…と愚痴の電話をしてきたらしく、そういう部分が本当に気の利かない人なのだ。


そして昨日の夕方「明日は検査だけど、デイケアの人が来る予定の日だから午後から病院に行く事にしたわ。」と電話がかかってきた。
母が「お母さんは人一倍怖がりで寂しがりだから、そういう不安な形での入院だと心細いと思う。だから明日のケアはキャンセルして、朝からお母さんに付き添ってあげて欲しい」と頼んだのだけど、伯母は「でも看護師さんがいるでしょう?完全看護ですって言われてるわよ?ケアの人キャンセルしたってお金戻ってくる事も無いし、勿体無いから色々やってもらえばいいじゃないの」と譲らなかったらしい。

…が、仕事から帰ってきた叔父(母の弟)とその事で喧嘩になったらしく、夜になって「ケアの人にキャンセルって伝えてください。明日は朝から行きます」と電話がかかり、ガチャンッ!と切られたのだとか。


そして今日。
伯母が病院に到着したら、大急ぎで準備した荷物に不備があったらしく、「高齢の方は胃カメラ用の薬でお腹がゆるくなるから、厚手の尿取りパッドのようなもの(もしくはパンツ型の薄手のオムツ)を複数枚準備しておく事、下着の替えを複数枚準備しておく事」という部分を見落として、荷物に入っていなかったらしい。
祖母は薬の効き始めた夜からずっと、何もしていないのに気を抜くと漏れてしまう便にオロオロし、下着の替えが無い事を恥ずかしく思い、同室の方々が臭いだろうと気を遣い、憔悴しきっていたらしい。
途中で看護師さんが持って来てくれたオムツは、寝たきりの方用の大きな厚手のオムツで、着けた事も無いので自分で着ける事も出来ず、かと言って恥ずかしくて着けてくださいとも言えずに使えなかったそうだ。
伯母を見て泣き出し、事情を話し、伯母はタクシーで病院を往復して祖母の足りなかった物を揃えたのだと聞いた。

それを電話で聞き、私に伝える母は涙を堪えていた。
「私だったら…」そんな思いが胸を過ぎるだろう。
「なんでもっとちゃんと確認してあげてくれないんだ」という悔しさもあっただろう。
そして自分が動けない事への歯痒さもあっただろう。
それでも初めて伯母が「私は何もかもをもっと簡単に考えてた。お母さんの事をそんな年寄りだって思って無かった。だから最初あなたに言われた時に『何を大げさな』と思った。でも今日泣きながら私に事情を話すお母さんを見て、ちゃんとしてあげなきゃって思った。私が間違ってたよ、ごめんね」と反省の言葉を言ったらしい。


今まで私の実家は祖母の別荘と化していた。
長い休みの時は必ず祖母が来ていて、家族3人での旅行に行った事などは無い。
必ず4人だった。3人での想い出なんて無いのだ。
それ以外にも一度祖母が来ると1ヶ月は滞在している為、私が実家に帰りたいと思っても帰れない事もあった。
母は「自分のお母さんを大事にして何が悪いの?」というスタンスで、私はそれを「悪い」とは全く思ってはいなかったのだけど、「他の姉弟は何をしてるの?」といつも疑問に思っていた。
それが今やっと…やっと他の姉達が祖母の為に動き出したんだなぁ…と思った。

慣れていないんだから、足りない部分は確かに多いだろう。
長年共に過ごしていた母のような気配りを望むには無理があるだろう。
それでも伯母達が祖母の為に「ちゃんとしてあげなきゃ」って気持ちを持つ事が大事だと、私は思う。
今まで祖母の誕生日も、母の日もクリスマスも、お金だけ振り込んで「頼むわね」で済ませてきた叔母達が、初めて祖母の為に動き出したんだから。

母は寂しく辛い事かも知れない。
でも今以上の重荷は母には背負えないと私は思う。
だから、寂しくても、辛くても、祖母の事は伯母達に任せて欲しい…と願っている。

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2009年11月19日 19:25 | Category : 日々徒然・・・

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コメント

おひさしぶりです。
大変でしたね。
退院になってホッとしたところに、御祖母さまの入院で気が休まらないと思いますが、夜はぐっすり寝てくださいね。

ディサービスの件ですが、前日にキャンセルを申し出れば料金は払わなくて済みますよ。
気になって読んだものですから・・。

“お金だけ送ってくる”考え方でしょうが、まだ良いほうではないでしょうか?
私の身内の話ですが、父が亡くなっても外で買い物・外食などして帰宅。
後から飛行機代等と百万単位で母に請求した私の姉。
↑こんなヤツもいるのですから・・。

すぴかさん・お母様も身体に気をつけてくださいね。

投稿者 ゆうこ : 2009年12月01日 08:19

>ゆうこさん
ご無沙汰です。お元気でしたか?
コメントありがとう♪

父の入院中に祖母も入院する事になり、祖母はいまだ入院中。
バタバタと周りが変わっていって、渦中の母は戸惑いと不安とで泣いてばかりのようで心配です。
12月に入った事だし、オットの誕生日が過ぎたらまた早めに大阪に帰ろうかな…。

デイサービス、結局前日にはキャンセルした事になったので大丈夫ですね。
伯母はそういった事は全く知らないので、勘違いしてたのかな。

落ち着いて過ごせるように、早くなって欲しい。
40台で未亡人になって5人の子供を育て上げた祖母も、幸せになって欲しい。
あれもこれも望んでも仕方が無いのかも知れないけど…みんなが幸せになれる方法って、難しいなぁ。

投稿者 すぴか☆彡 : 2009年12月01日 09:37




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