2009年11月09日

ic_crown01.gif 父が倒れた日

18時過ぎ、祖母から自宅に電話。
父の呂律が回らないと聞き、脳梗塞と直感。
荷造りを始め、18時半に帰宅したオットに相談。
19時には自宅を出発、大阪に向かう。

22時半、実家近くの医療センター到着。
父の症状は軽いものの、やはり脳梗塞。
深夜、オットは翌日仕事があるので、浜松にとんぼ返り。


祖母が叔父と喧嘩して以来、ショック症状で食欲も無く体調も酷く、立ち上がる事すら出来ない…という事を心配して母が祖母宅に行ってる間に父の異変があった模様。
朝、近所の仲良しの方と「一緒にゴルフの打ちっぱなしに行こう」と計画を立てていたにも関わらず、一人でいつも行く打ちっぱなしへ。
2セット分購入したものの、左腕に力が入らず動けなかったらしい。
仕方なくセット分の球を流して、帰宅。
ところがめまいがしてどうも調子が悪かった為に、母に電話。

電話口の母は、過去に何度か日記にも登場している、今は亡き「きーちゃん」が脳梗塞で倒れた際の呂律の回らなさと同じような父の言葉に、直感。
「救急車を呼んで」と言ったものの、父が「大げさにしたらみっともないから」と拒否。
「ならそのまま寝たりしないで、仲良しのSさんに電話して病院に連れて行ってもらって」と言ったらしい。
ところが父は、家の電話から母に電話をしながら、自分の携帯電話のメモリーを探してSさんの連絡先を母に言って「かけてくれ」と依頼。
母は何度も何度も父の言う番号をメモして電話をかけてみるものの、父が自分の目で見ている番号と口にする番号が合致していない為にSさんに繋がらない為、電話口の父はイライラが募る。

母の何度目かの「メモリーを見ながら番号を言ってるなら、そのまま電話した方が早いんと違うの?」という言葉に、ようやく父は自分がしている事がおかしい事に気付いたらしい。
父の「呂律が回らない、何を言ってるのかサッパリ分からない電話」に異変を感じたSさんが、車で父の元に飛んできてくれた時、玄関に現れた父は「一人じゃ立ってるのもやっとなほど、ふらふらと千鳥足だった」そうだ。


病院到着後も、どうなったのか、いつからなのかと問いかける看護師や医師に、父は打ちっぱなしのゴルフ場での出来事を延々と話したりしてどうにも変な状態だったらしく、心配で帰れないSさんのところに母到着。
なんと普段は2時間半かかって移動する母が、自宅から徒歩10分のその医療センターに、電話から約1時間半で到着したらしい。

※「きっとどこのレーサーにも負けないほどの運転だったと思う。どこをどう走ったのかも覚えてないほど急いで帰ってきた」とは後日の母談。
事故が無くて良かった…。

様々な検査の結果、そのまま父は入院が決定。
入院が告げられた母が自宅に戻って荷物をまとめながら私に電話をくれた時、私は既に三重県まで移動済みだった。

私はと言えば、普段は一般道や高速道を使い分けて出来るだけ安く早く…と移動しているので、5時間~6時間半ほどかかる自宅~実家への移動に、東名高速と名阪で向かったため3時間半で到着した。

「携帯電話」「ボールペン」「メモ帳」などの固有名詞が出ず。
私の顔を見て名前を言えたものの、オットの名前は言えなかったらしい。
とんぼ返りのオットが、帰り際に「お義父さん、一度も俺の名前を呼んでくれなかったな…」と寂しそうに言った。
「来月の7月には○○の予定が入ってる」「明日は10時から検査だってさっき言われたから、お母さんには4時頃に来て付き添って貰いたい」などと、数字の感覚が狂っていて互いに目を見合わせながら何とも言えない沈黙が流れた。


なんとなく状態が落ち着いて帰宅するようになったのが、23時半頃。
母と今後の事を話し合おうとしては、まだ何の実感も無くて黙る…という感じの夜。

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2009年11月09日 23:59 | Category : 日々徒然・・・

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