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2009年09月26日
【愚痴】長い休みだからこそ。
今回のシルバーウィーク、本来は大阪の実家に帰る予定にしていた。
ところが金曜日にとある事情で急に帰れないことになり、結局いきあたりばったりの旅となった。
お盆に大阪に帰らずにシルバーウィークにしたのは、別に渋滞などを考えてでも無いし、オットの仕事の都合でも無かった。
まして飛行機の距離でも無いんだから帰ろうと思えば両方帰れたのに、帰らなかったのには事情があった。
その事でまた、私は悶々と暮らしている。
以前にも日記に書いたけど、実家の母が祖母に気を遣いすぎている事と、祖母と同居している叔父の身勝手さにイライラしているのだ。
実家の父は相変わらず心臓が悪く、母は腎臓が悪い。
特に母はちょっとした事で血圧が上がったりして、気絶するように倒れる。
数日寝込むこともしばしばで、そんな身体で神戸と大阪を往復しているので遠方にいる私は心配ばかり。
お盆前、母と予定について話し合った際に
「お盆はおばあちゃんの家に孫達が子供を連れて帰ってくるから(祖母は母の末弟である叔父と同居)、おばあちゃんをうちに呼ぶ予定なの。
オットさんとおばあちゃん両方に気を遣うのは疲れてしまうから、悪いけどお盆は帰省しないでくれる?」
と、母からの申し出があったので、私たちはお盆に帰らないことにした。
まぁ、治療の関係で病院に行く事になったりしたし、その辺は後になって「帰らない予定にしていて良かったのかもね」という話にもなったのだけど。
そして今回も、母と予定について何度か話し合った。
「うちはいつでも帰ってきていいのよ。気にしなくていいから」
そう言われてはいたものの、オットの仕事がなかなか予定が定まらずに連絡が遅れていき、結局連絡を入れたのは16日になった。
すると母の返事の歯切れが少々悪い。
金曜日、敬老の日のプレゼントを祖母に送ったという話しをしたら、ついに母が白状した。
「実はおばあちゃんはうちに来てるの。敬老の日だったし…」
…んじゃうちらが帰ると予定がかぶるやんか。
何のためにお盆に遠慮したんだ…。
だいたい祖母は叔父と同居なんだし、「敬老の日」と言うなら帰ってくる3人の孫達にとって「おばあちゃん」な祖母がうちに来てるってどうなの…?
(確かにその孫達の子供にとって叔父は「おじいちゃん」だから用は足してるけどさ…)
「あ、そう。それじゃちょっとオットさんと話してみるから」
「何を話すの?何も気にしないで帰ってくればいいじゃないの」
恐らくお盆にも断ったから、言い出し辛かったのだろう。
で、ギリギリに言えば予定を変更したりはしないと思ったんじゃないかな。
でもうちは「いきあたりばったり」が得意な夫婦。ドタキャンも気にしない。
万が一「行ったら来てた」状態になったりしてたら、恐らく一泊して次の日には出て行ってただろう。
結局留守番電話に「気にしないで、何も考えないで荷造りしてうちに来てね!待ってるからね!!」と吹き込んでる母を無視して父の携帯に電話した。
「実はお盆に帰らなかったのは私たちの勝手では無くて、母が『おばあちゃんと予定が重なると疲れるから遠慮して』って言ったからなの。
それなのに今回私たちとおばあちゃんがかぶったら、何のためにお盆に遠慮したのか分からないから、今回も帰らないよ」
すると父が
「そうか。最近お母さんの体調もあまり良くなかったし、どうかなぁとは思ってたんだ」
そんな訳で予定が変更になった。
その後祖母からも何度か電話があったけど、山に登ってたり圏外だったり、気付かなかったりで結局全て留守電対応。
そうこうしてる間にシルバーウィークは終わった。
祖母は叔父を溺愛している。
叔父はそんな祖母を「鬱陶しいと思いつつ、自分からは離れない(自分は愛されている)という絶対的自信を持っている」から、祖母に辛く当たる。
祖母はその愚痴を母に言うけれど、元々祖母と母は仲が良かった訳じゃなく、何故か5人の子供たちの中で母に対してだけネグレクト気味…というか、何故か奴隷扱いだった。
上に姉が二人もいるのに、姉弟の学校のお弁当や洗濯物食事の用意は、小学校の頃から全て母の仕事だった…という感じで。
母が高校生の頃に祖父が亡くなり、商業高校に通う母が祖母が女将だった旅館の経理をやるようになってから、やっと祖母は母を「見る」ようになった。
そのせいか母は、「今お母さんが一番頼りにしてるのは私!」と思っているところがある。
だから傍から見ていると歯痒いほどに献身的で、その事を指摘しても「私がお母さんに優しくして何が悪いの!!」と怒る。
そして祖母は同居の叔母と折り合いが悪かった。
そんな祖母と叔母を見て育った私の従姉妹達は、叔母が脳梗塞で倒れたのを「おばあちゃんの存在がストレスになったからだ」と祖母を嫌っている。
(実際はドクターストップを受けても食事制限など全くせずに、料理教室、パン教室、お菓子教室を渡り歩いていた叔母の自業自得)
だから「長い休みの時期には、娘たちが帰ってくるからあっちに世話になっておいてくれ」と叔父が言う。
「長い休み」と言うけど、一度来ると1ヵ月近くは帰らない。
祖母は私の実家に来れば母が上げ膳据え膳にするので、叔父の所にいる時は家事一切を担っているのに、実家では座ったきり母をあごで使えるから喜んで来る。
母は祖母が来ている間は祖母に付きっ切りなので、父の身の回りのことが一切出来なくなり両方に気を遣って疲れる。
(実際祖母が帰った後は一週間ほど血圧が安定せずに寝込む)
父はそんな母を見ていて歯痒くて、祖母に対する苛立ちもあり精神的に疲れる。
…そんな状態のところに、オットを連れて帰れる訳無いだろう…。
そして「長い休みの時は…」と叔父が言うのは分かるが、うちだってオットは働いてるのだから「長い休み」にしか実家には帰れない。
そんな訳で叔父一家が「一家団欒」をする分、私の実家は「一家団欒」出来ないのだ。
何故犠牲にならなきゃならないのか?これはここ数年ずっと持っている思い。
けれどその事に関して母に苦情を言えば、「だったら帰って来てくれなくていい。あなた達は好きに暮らしていってくれていい」と言うのだ。
母の中で 祖母>>>>>>>>娘 という図式が出来上がっている。
そんな時、私に子供がいたらもう少しこの関係は変わったかなぁとも思う。
子供の頃から、長い休みの時期には祖母がいた。
「家族旅行」と言うと、必ず祖母がいた。
同居したことは一度も無いのに、必ず…だ。
同居していれば「家族」として見ているから気も遣わない。
けれどそういう時だけ一緒というのは「家族の中にお客さんがいる」状態なので、甘える事も出来なければ、食べる物も行く先も「祖母を中心に」動く。
旅先に行きたい場所があっても、「足の悪い祖母」に配慮して立ち寄らなかったり…なんて事はざらだった。
「祖母孝行」は母が自分で二人で旅行にでも行けばいいのに。
父だってせっかくの休みに休まらなかっただろう。
何故家族を巻き込むのか…と、この年になって思うようになった。
そんな複雑な思いを、いつか母に言う事があるんだろうか…言わない方がいいんだろうな…。
なんか凄く楽しくシルバーウィークを過ごしたのだけど、その反面頭の片隅にずっとこの「不満」というか「心配」というか…なんかもやもやした気持ちが残っていて、複雑な気持ちだった。
何度か「あぁ、おばあちゃんがいるなら遠慮するわね」を繰り返すか、「おばあちゃんのいない時に来た方がいいから」とオットに休みを取って貰って行くぐらいしないと分からないのかなぁ…。
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2009年09月26日 18:58
| Category : 日々徒然・・・, つぶやき
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