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2006年07月21日
ご報告。
いよいよ明日から大阪に帰る。とは言っても、オットは土曜日出勤で、午後から移動。休みは火曜日までなので、月曜日の夜か火曜日の昼間に大阪を発つ事になるかな…期間はかなり短いので、慌しい…。
さて…「大阪に帰ります」と日記に書けば、恐らく以前日記に書いた、大阪のあのおじいちゃん(きーちゃん)は元気かな~?と気にして下さる方もいらっしゃるかも知れないので、ここにてご報告を。
実は、既に亡くなり、葬儀告別式も終わりました。
先日、夜10時過ぎに母から電話。
普段なら昼間にしか掛けて来ないので、何となく嫌な予感がした。
「7月○日、○時に息を引き取られ、滞りなく葬儀告別式が行われた事をお知らせします…。」と、母。
「もっと早く教えて欲しかったのに。」と言うと、父が「あいつに知らせたら飛んでくる。だから全部終わってから知らせろ。」と言ったのだとか…。
うん、喪服も持ってないのに、飛んで行っちゃう所だったよ…。
電話を受けた直後は、呆然としてしまって何も言えなかった。
母に
「気を落とさないでね。付き添いお疲れ様でした。」
それだけ言って電話を切った。
オットが電話の様子を感じて、声をかけてきた。
「もしかして、亡くなったのか?」
「うん、あのね…。」
どういう状況で亡くなったのか…を説明しようとして、頭の中に「何故?!」の疑問符と「間に合わなかった!!」という悔しさが溢れてきて、涙が止まらなくなった。
こないだの電話で、「リハビリの出来る病院に転院した」って聞いたのに。
言葉は出なくても、意思を伝える為に一生懸命目で訴えて動いてるって。
Dr.に「誰が誰だか分からないと思う」と言われた状況から、ちゃんと母が来たって分かるようになったって聞いたのに。
病院から帰ろうとする母に、「じゃ、バイバイ」と言われて、帰られるのが寂しくて嫌だからと頑なに手を振り返さないようになったと聞いたのに。
血の繋がりは無いけど、いつも心のどこかに大きな存在としてあった人。
お金持ちで、傲慢で、我侭で、言いたい放題で…。
面白くて、おしゃべりで、博識で、とても優しい。
母が高校生のときに、母方の祖父が、私が物心付いた頃に、父方の祖父が亡くなっていて「おじいちゃん」という存在がよく分からない私は、きーちゃんを見ているといつも「おじいちゃんって、こんな感じなのかなー?」と思っていた。
私の携帯の、電話帳のカテゴリー分けには、他の親戚に混じって「きーちゃん」が「親戚」カテゴリーに登録されている。
それぐらい、私にとっても身近な存在だった。
そしてこの「親戚」カテゴリーの中では、両親に次いでよく話す相手だった。
寂しくて寂しくて寂しくて…まだこの携帯のメモリーは消せずにいる。
もう掛ける事も、掛かってくる事も無い番号だけど…。
私の以前の結婚の時に、母がどうしても元夫を好きになれないと愚痴った時には、「親と子供は違うシナリオを歩むものなのだから、自分のシナリオに無い相手を選んだからと言って、思い通りにしようと思ってはいけない。」と母を説得してくれた。
母が結婚を許してくれた後、お食事に招待してくれた。
結婚式の時には、「幸せになってくださいね」と、お祝いをくれた。
怪我をしても寝込んでも、私に何も言ってくれない母の代わりに、母に異変があった時にはいつも電話をくれた。
二度目の結婚も、とてもとても喜んでくれた。
子宮外妊娠が分かった時には、泣きながら心配してくれた。
GWに帰った時にはお食事にご招待してくれて、「次はステーキを食べに行きましょう!」と約束をしてくれた…。
お世話になるたびに送るお礼状を、たくさん来る郵便物の一番上に置いて、いつもニコニコ眺めてくれていたと聞いた…。
亡くなったと聞いてから、もう何日も経ったのに、まだ気持ちの整理がついていない私がいる。会えると思ってたのに。会う為に帰ろうと計画していたのに。
まだ49日は経っていないので、お墓参りに行っても納骨はされていない。
けれどきーちゃんは一人暮らしだったため、きーちゃんの住んでいた家は息子さんの管理下に置かれるようになり、もう気軽に挨拶にも行けない。いや…行ってももうきーちゃんはいない…。
胸が締め付けられるように痛い。
悲しくて悲しくて、ふとした拍子に涙が出る。
いくら普段からせっかちだからって、あまりにも早すぎるよ。
心の準備が、出来てないよ…。
日記を書く手が止まってしまう。涙が止まらない…。
私がこんなに寂しいのだから、毎日のように顔を見て、電話を受けていた母はもっともっと寂しいだろう。まるで本当の親子のようだったから。
でもきっと、きーちゃんに会った事も無い父の前では、母は泣けずに我慢してるだろう。だから、もう帰る必要は無くなってしまったけれど、大阪に帰る事にした。
母といっぱいきーちゃんの話をしよう。
きっと、泣きながら笑いながら話すんだろうな…。
きーちゃん。
最後は痛くなかった?苦しくなかった?
もう鼻からのチューブを引っ張らなくてもいいね。楽になった?
1ヶ月も流動食で、美味しい物が食べれなかったのは寂しかったでしょう?
今はもう、美味しい物たくさん食べれてるかなぁ?
言葉がしゃべれなくて、イライラして涙をこぼしたって母に聞いたよ。
今はもう、昔みたいにたくさんお話が出来てるのかなぁ。
一足先に行って待っていた、三男坊の息子さんにはもう会えた?
杖もいらなくなったかなぁ?
昔みたいに、大きなお腹でひょこひょこペンギンさんみたいに歩いてる?
よく「きーちゃんのペンギン歩き~!」って真似をしてる私を、苦笑いして見ていたね。
後で「亡くなった」と聞いたその日、一日中お線香の香りがしていて、不思議だったの。きーちゃん、来てたの?
どうか、どうか安らかに。
たくさんの想い出をありがとう。
いつかまたそっちで会える日が来たら、色々な話を聞かせてね。
そんな訳で…。
母と、きーちゃんの思い出話をする為に。
そしてきーちゃんの事で頭がいっぱいでスッカリ忘れてしまっていた、本当の祖父母の命日のお墓参りをする為に。
大阪に帰ります。25日に戻ってきます。
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2006年07月21日 13:59
| Category : 日々徒然・・・, つぶやき
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コメント
やっぱりそうだったのね・・全く話題に出ないから・・少し予想はしてたのです。残念です・・お悔やみ申上げます。
私は直接は関わりはないけれど、すぴかちゃんやお母さまがどんなに大切に思ってらした方かはよく知ってるつもりです。今、お2人はどのように苦しんでらっしゃるでしょう・・
ヨシヨシ(;゚ー゚)ノ(T-T)ウルウル
顔文字でなぐさめることしか出来ないけど・・
少しでもその苦しみが癒されることを祈っていますね。
大阪のご実家に行かれて、お母さまといっぱい思い出話をしてきてね。きっと、すぴかちゃんにしか言えないことがお母さまにはあると思うから・・
大阪・・楽しんできてね♪気をつけてね☆彡
イッテラー( ̄ー ̄)ノ"フリフリ
投稿者 みゆ☆彡 : 2006年07月21日 14:52
>みゆ☆彡ちゃん
ありがとね、みゆ☆彡ちゃん。
いつ報告しようかって、ずっと迷ってたの。
でも日記を書こうとすると、涙が溢れて書けなかった。
もう、涙がパタパタこぼれるどころか、わんわん声を上げて泣いたよ。
たくさんの思い出が蘇って、本当に辛かった。
たくさん母と話してくるね。
この日記、アップして少ししてから母から電話があって…。
「あら?明日来るのに鼻声ね。風邪?!」って心配されちゃったわ( ̄∇ ̄*)ゞ
ちょっと声の調子が違うだけで、すぐ気付くから気をつけなきゃ~( ̄▽ ̄;)
投稿者 すぴか☆彡 : 2006年07月21日 17:44