[日々徒然・・・] アーカイブ
2012年01月14日
「さよなら」の時間
昨日は無事にお見舞いに行けました。
朝8時20分頃に家を出発。
蒲郡で超渋滞にはまり、続いて安城。その後軽トラックに阻まれたりしつつバイパスを何とか通り抜けて、豊明から伊勢湾岸道。
みえ川越で降りて名阪国道に乗った途端、車が少なかった筈なのにいきなり前のトラックがハザード。
またもや名阪国道で事故に遭遇でした。
しかもまだパトカーも着いていないという事故直後。
渋滞距離も500m無いんじゃない?という程度だったので、かなり近かったんだろうなぁ。
3台のトラック事故で私が横をすり抜けた時には物凄い破片が飛び散っていてジャリジャリ音が鳴り、ちょうど真ん中のトラックから運転手が降りてきたところでした。(前のトラックの運転手が電話を掛けようとしていたりしていた)
その後伊賀PAで休憩がてら道路情報をラジオで聞いていたら、その地点が通行止めに…あと10分遅かったらお見舞いに行けないところ…。
でもあと5分早かったら巻き込まれてたかも?
いや、あれは5分じゃなくて1~2分だったかも知れない。
ともあれ無事に両親と合流できて、病院へ。
大叔父は眠っていました。
が、名前を呼ぶとうっすらと目を開けたり閉じたり。
「眠いのかな…」「寝てるのかな」「目ぇ開けるんがしんどいだけかもなぁ」と3人で言いながら何度か名前を呼んでいたら、咳き込んだ大叔父がそのままパッチリと目を開けた。
名前を呼ぶ。
「分かる?来たよ!約束したもんね!会いに来たよ!」
叫ぶと目がこちらを見る。
じーっと見つめてくれているので、何度も何度も自分の名前を言い、大叔父の名前を呼んだ。
なんとなく…もしかしたら気のせいだったのかも知れないけれど…。
一度だけ小さく頷いてくれたような気がした。
母が「ほら!おじさんのお姉ちゃんの写真だよ!」と、祖母の写真を出したら、またその写真をじっと眺めていた。
しばらくしたらまた咳き込み始め、看護師さんが「痰の吸引処置をしますので部屋から出てください」と言いに来た。
外で待っていたら、父が「あ…」と小さく呟き、自分のネックウォーマーを伸ばして顔を半分隠してから、母が顎に降ろしていたマスクをサッと上げて顔を隠した。
「???」となっていたら、「息子が来た…これ(小指を立てた)も一緒だ。帰るぞ」
諸般の事情で父は大叔父の息子が大嫌い。
(人間的にだらしない人なので、軽蔑している…と言った方が正しいかも知れない)
同席したくないから帰る…と言うので、一緒に帰る事にした。
帰りはやや渋滞が短め。
行きに5時間半ほどかかったけれど、帰りは4時間ちょいだった。
渋滞はもうイヤだ~!
…それでも、15分ぐらいは顔が見られた。
目も開けてくれた。
きっと声だって聞こえていたはず。
また会いに行きたい。
元気になって欲しい。
「さよなら」の時間は、少しでも遅い方がいい。
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08:02
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2012年01月12日
大叔父に会いに…
母から年末に集中治療室に入った大叔父が、一般病棟に移ったと言う連絡を一昨日貰った。
とは言え意識が戻ったとか、元気になったとかでは無い。
多臓器不全状態で食事が採れなかった大叔父。
数年前に相次いで大叔母とその娘を失い、失意の中で生活していた。
50を超えて独身の息子が一人いるけれど、食事を採れない父親の為に何か出来る訳も無く…。
結局「栄養失調」状態で運び込まれたとの事だった。
今回の一般病棟への移動は、単に栄養状態が回復したから…という事らしい。
多臓器不全状態はそのままだし。
意識はハッキリしているのかどうかも分からないとの事。
母の従弟が言うには、「お見舞い来たで。分かるか?」と声を掛ければ、目を開けて頷くらしい。
が、母は「多分『お腹空いた?』とか『元気?』とか、問いかけの形で声を掛ければ目を開けて頷くんじゃないかと思う」と言っていた。
実家に電話を入れて「会いに行く」と言ったら、父が「どうせ行っても分からん。そんな遠くからわざわざ来ても無駄や」と後ろで言ってるのが聞こえた。
「無駄かどうかは行って私が判断する事。人間は命の灯火が消えるその瞬間まで、耳は聞こえていると聞いた事がある。例え理解出来ていなかったとしても、自分の名前を呼ぶ人がいる…ということが、人生の最期の励みになるかも知れない。だから私は行く。別にお父さんやお母さんの許可が欲しくて電話した訳じゃない。『私は行くからね』と言いたかっただけ」と伝えて電話を切った。
その後母から電話があり、「元々明日行くつもりだったんだけど…あなたの予定はどうなの?」と聞かれたので「本当は今日行きたかったんだけど、昨日お母さんに連絡がつかなくて状態が分からなかったから一日延ばした。行くなら明日行くつもりだから、会えたらいいね」と答えた。
母が「そのまま帰るの?うちに泊まりに来る?」と聞いてきたので、「帰るに決まってるでしょう。私はお見舞いに行きたいんであって、実家に帰るついでに寄りたいんじゃない」と答えた。
(実家から病院まで1時間。我が家から病院まで約6時間の距離)
祖母のとき。
「入院した」と聞いたのが日曜日の夜だった。
オットが「次の週末なら一緒にお見舞いに行ける」と言ったけれど、私は月曜日に新幹線に飛び乗った。
祖母はまだ起き上がれて、会話も出来て、私を見て笑ってくれた。
「ひろちゃんは?仕事?」と、オットの事も気遣ってくれた。
そうして、祖母は土曜日の朝、オットを待たずに息を引き取った。
あの時オットの休みを待っていたら、私は祖母に会えなかった。
人の命に「また後で」が通用しない事を痛感している。
だから、会いに行く。
「土日なら俺が運転して連れてってやる」と申し出てくれたオットの気持ちはとても嬉しい。
でも、明日会いに行きたいから一人で行ってきます。
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17:01
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2012年01月08日
今更ですが…
新年明けました。
一応喪中なので「おめでとう」の言葉は控えさせていただきます。
泣いたり落ち込んだり笑ったり遊び歩いたり引き篭もったり、忙しい一年が終わりました。
こんな私とお付き合いくださいましてありがとうございました。
でもって、今年もよろしくお願いします。
さて、年末は30日に大阪に帰り、31日~1月2日までは神戸のホテルに宿泊していました。
実家へ向かう前、母から「おばあちゃんの弟が集中治療室に入っている」という連絡を受けました。
弟妹を大事にする祖母は私を連れて自分の弟妹のところへ遊びに行く事が多く、その大叔父も私にとっては大好きなおじいちゃんでした。
子供の頃、膝の上に乗って動かず、帰る時間になっても「ここんちの子になる」と泣いて困らせた事。前にある奈良の文殊院で土筆を採り、卵とじにしてもらって食べた事。一緒に散歩した事…。
たくさんの思い出のある大叔父です。
けれど「お見舞いに行きたいからこのまま病院に向かう」と何度か頼んだものの、集中治療室は完全管理されているので近しい親族しか入れないという事でお見舞いは断られてしまい、大叔父が命を繋いでくれる事を祈りながらの移動となりました。
祖母の葬儀の日、本当に元気が無くて「次は俺が逝くやろな」と言った大叔父に「また春になったら土筆採りに行くから、そんな事言わないで元気出して」と言った私。
その年の3月4月は祖母の件で走り回って大叔父の元へは行けず仕舞いだったので、年が明けてからの春には必ず…と思っていたのが悔やまれます…。
気持ちがあれば無理をしてでも向かった筈。
想いが足りなかったと後悔ばかりとなりました…。
さて。
例年、祖母はクリスマス前には実家に遊びに来ていました。
おせち料理は昔からのお付き合いがあった日本料理屋さんにお願いしていたので特別にあれこれ作るような事は無かったのですが、基本の部分以外に大根やサトイモ、鯛の子に厚揚げなどなどの煮炊き物を作るのが祖母の「お仕事」でした。
そんな「いつもの」お正月を過ごせない今年、母が「お正月を家で過ごしたくない」と言い出したのが、ホテルで年越しをすると決めたきっかけとなりました。
31日、早めに実家を出てから実家方のお墓参り。
そしてそのまま神戸の母方のお墓へ。
その後ホテルに到着して一段落してから、三宮に出て夕食。
ホテルに戻ってのんびり過ごし、夜中のポートアイランド方面のカウントダウンを見てから全員就寝。
朝はホテルのおせち料理。
お昼間は散歩に出かけたり、父がウォーキングがてら六甲アイランドの中をうろうろしたり。
その後ホテル内の神前式挙式場を開放していたので初詣に。
片隅にあったおみくじを全員で引いたら、私が大吉。
母は中吉。あとは「内緒~!」だそうで分からん…。
お昼は簡単に済ませ、夜はホテルの日本料理のお店へ。
またもやお雑煮が出たり、鱈鍋が出たり。
お屠蘇もいただいて「お正月」らしくなったかな?という感じ。
翌日は普通に朝食バイキングを食べ、二度寝をしてチェックアウトぎりぎりの12時までのんびり過ごし、三ノ宮でお気に入りの紅茶専門店の福袋を購入して帰路に。
短くて、慌ただしいようなのんびりしたような、よくわからないお正月は終了。
3日は父の依頼でオットがガレージにセンサーライトを取り付けたり、何気なく父が「近所に住む後輩がウォークマンを娘に買ってもらったって自慢してくるのがうらやましい」という話をしてきたり、1月8日に引継ぎ式が行われるという「盆踊り実行委員長」の仕事の書類をオットに「間違ってファイルあっちこっちに保存して訳が分からんようになったー!!」とHelp依頼してきたりで一日が終了。
4日は朝8時半に神戸で用事があったので、7時前には実家を出てお別れ。
神戸で用を済ませた後は、とにかく渋滞や雪などにぶつからないように気を付けながら浜松に向かって帰宅は深夜12時頃…だったかな?
5日はもうオット初出勤。
という結構忙しい年末年始を過ごしました。
皆さんは楽しい年末年始を過ごされましたか?
年末年始のお食事写真は、また後日のんびりとアップする事にしようかな?
これからまたバタバタと走り回る日々が始まる…と思いつつ、まだ今年の目標すら決めてない事に焦りを感じながら年明けすぐの連休をのんびり自宅で過ごしております。
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21:34
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2011年12月27日
普通に外食したいだけなのになー
体調が悪かろうが、うちの近辺には宅配の配達区域に入っているお店が一軒も無いという田舎の悲しさ…。
ピザすら無いんだよー!
お弁当も、ファミレスも、うどん屋さんも無い!
という訳で、お弁当を買ってきてもらうにも閉店が結構早い(20時閉店)ので、オットが残業で私の体調が悪いと外食となる事がちょくちょくある。
が、遅い時間までやってるお店ってのがこれまた限られている。
家から歩いていけるのは、
・お客さんが入ってるのを見た事が無いお寿司屋さん
・ジョイフル(ファミレス)
・五味八珍(メニューがちょっと充実したラーメン屋みたいなの)
・超こってりのラーメン屋
で、ジョイフルは安いんだけど安いなり…と言う事であまり好まないオットに配慮してみると、残りの選択肢が…えっと…。
そんな訳で五味八珍に行った事が引っ越してから数度ある。
http://www.gomihattin.co.jp/
しかしこのお店…。
味的にも接客的にも、問題がありありな店舗だったりする。
多分、うちの近所のこのお店が「ハズレ」なんだと思うんだけど…。
・一番隅の席に案内されたせいか?注文した品を忘れられていた。
うちより後に来た席が全部商品出ていてもうちには来ず…。
声を掛けたら厨房前で大慌てだった…。
・レジでなぜか「ビールセット」みたいなのを追加されていた。
なんかえらい高いのでビックリしてレシート見て気付いた。
・味噌ラーメンフェスタに行ったら「味噌風味なラーメン」だった…。
・「白ゴマラーメン」が全くゴマ味せず…ゴマ取りに帰ろうかと思った…。
・野菜炒めがやたら辛かったりちょうど良かったり、味が安定しない。
全部が全部ハズレじゃないので物凄く微妙…。
おいしい物もあるので行くんだけど、ハズレのものを頼まなかった日は忘れられてたり、レジで失敗されたり。
毎回毎回こういう何かケチがつくような出来事があると、なんとなーく足が遠のく…。
という訳で、同じ五味八珍でも別の店舗に行ったりする私たちだった…。
せっかく徒歩圏内にあるのに…。
なんか釈然としない。
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17:13
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2011年12月04日
杖デビュー
大型ショッピングモールに買い物に行くのに、初杖持参。
しかし今日は日曜日だということを忘れていた…。
オットが土日共に休日出勤していたせいね…。
駐車場がどこもいっぱいー。
ウロウロしてやっと出入り口に近めのところが「空いたー!」って思ったら、
向こうから逆送してくるおばちゃんが必死に停めに来るんでガッカリ…。
そうこうしてると空きスペース発見。
隣の車のオッサンが滅茶苦茶駐車下手で枠からはみ出ていた。
しかもそのVitsの車内にはオッサンがいて、携帯でしゃべってる。
でもまぁ、いっかーとそのまま駐車。(バックでの車庫入れは得意)
バックしてる最中にクラクションを鳴らされた。
どうやら自分が超下手糞だから隣に入れようとしている私も下手糞だと思ったらしい。
失礼な…とちょいムカしながらクラクションをブーブー鳴らしているおっさんの隣に一度で駐車。
ふふん。恥をかくがいい、下手糞め…と思いながら車を降りた。
杖を持って車から降り、お店に。
と言っても食料品売り場をグルッと回って必要な物を買うだけ。
エスカレーターからだいぶ遠かったので、エレベーターに向かっていたら
ちょうど来たエレベーターのドアが閉まりそうなタイミングだった。
「あぁぁぁ…走れないし…間に合わないな…」と諦めながら
せっせと杖を使って歩いていたら中の人が気付いてくれて
「乗りますか?」と声をかけて待っていてくれた。
…なんだこれ、親切にされたぞ!!
ここ最近足が痛くて急げなかったので諦め癖がついていたのに…と
「ありがとうございます」と言いながら軽く感激。
…いや、だいぶ感激。
その後買い物の最中も、ウロウロ見ていたら道を開けてくれたり、
前から来たカップルが避けてくれたり。
杖無しで来たらぶつかられたり、後ろからせっつかれたりするようなところも
ゆっくりスペースを開けてくれて快適に移動できた。
最近は結構人のことなんて気にしない図々しい人が多いな…と
寂しくなる事も多かったけれど、今日はちょっぴり嬉しい事が多かった。
まだまだ捨てたもんじゃないなーと思った日。
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23:51
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2011年12月01日
喪中につき。
「はっ?!Σ(゚д゚ll) しまった、ちゃんと書いてない」と、今頃気付きました。
時々Twitterに書いているので、ご存知の方も多いとは思うのですが。
喪中につき年頭のご挨拶をご遠慮申し上げます
今年2月、祖母ナオヱが85歳で永眠いたしました
本年中に賜りましたご厚情を深く感謝いたしますとともに
皆様には時節柄一層のご自愛のほどお祈りいたします
更に今年11月、これは喪中に当たらないのですが、伯父も亡くなりました。
二人ともすい臓がん。スティーブ・ジョブスと同じ癌でした。
今年はこの癌の名前を何度も何度も聞く事になりました。
祖母は育ての親といっても良いような人でしたので、ぽっかり開いた胸の穴はまだまだ大きなままです。
父が脳梗塞で倒れた時も、糖尿で片目が飛んでしまった時も、パニックを起こした母の代わりに私に連絡をくれたのは祖母でした。
いつもいつも、電話の第一声は「もしもし」でも「こんにちは」でも無く、「○○ちゃん!!」という呼びかけからでした。
まだまだ泣いてばかりだけれど、来年は、少しは笑って想い出話しが出来るようになれたらいいなと思います。
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15:30
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2011年11月30日
杖買った。
正確には「買ってもらった」なんだけどね(・ω・;A)アセアセ…
実家に帰っている時に、近くにある介護用品を多く取り扱うお店に連れて行ってもらった。
うちの近所にはあまり無いので、両親と共に「どういう杖が良いか」を考える。
花柄?…「花柄っつーても、あんまり可愛く無い…渋い…」
他の柄?…「なんでこんなに和柄ばっかりなのぅ~(´;ω;`)」
黒とか?…「持ち手がどう見ても男性用だよ、これ…」
途中で「いかにも私は足が悪くて杖常用してますってんじゃなくて!今ちょっと足悪いからちょっとの間使ってるだけやねんって感じの杖がええねん!」と我侭炸裂。
一緒に来ていた父はめんどくさくなったのか、あっちこっちウロウロしに行ってしまった…。
(しかも途中で先が四本になってるタイプのとか「ほらこれー。こんなんええぞー」とか言いながら持って来る…こんなの→http://item.rakuten.co.jp/koichi/726353/ )
母は「んじゃピンクはダメねー」とか、「シルバーだといかにも病院っぽいけど、可愛げが無いわねー」とか、ぶつぶつ言いながら見てくれていた。
あれこれ迷って結局折り畳みの、コレ
http://item.rakuten.co.jp/koichi/723350/#723350
に決まった。「ロイヤルブラウン」とかいうカラーのもの。
ほんのりピンクっぽくも見えるようなブラウンで、結構気に入った。
本当は折りたたみ式で、袋から出すと「シャキシャキシャキーン!(`・ω・´)」とバネか何かの力で杖になる奴が便利そうで良かったのだけど、何故かこれが変てこな花柄の物しかなくて断念…。
この杖は自分でグニグニと組み立てないといけないんだけど…「まぁいいや。そんなに畳んだり伸ばしたりしないだろう…ほとんどの移動は車なんだから」と諦め。
これで大きなショッピングモールに行って足が痛くなっても、車まで戻れる…(´;ω;`)
とりあえず次に病院に行く時に持ってって、Dr.に長さの調節してもらおう。
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18:39
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